大学という場が「象牙の塔」と言われて久しいように、学問研究にのぞむ人々と一般市民が交流の機会を持つことは日本においてほとんどないと言っていい。学問研究は研究者のコミュニティの中でどうしても閉じてしまいがちで、なかなか一般に共有されない。いくら優秀な研究者が努力して成果を発表しても、世間から「それって結局何の役に立つの?」という問いに答えることができなくては、どんな学問の知見も象牙の塔の中で腐っていってしまう。
そんな科学者と市民のあいだを取り持つイベントが、東京大学の本郷キャンパスで開催されている。東京大学大学院情報学環・学際情報学府が2008年3月より開始したカフェイベント、UTalkだ。様々な領域で活躍する研究者をゲストとして招待し、お茶を片手に気軽に語り合える雰囲気を大切にしながら、ゲストの専門領域に関して会話を楽しむ「ゆるやかな学びの場」が設計されている。月1回ペースで開催されているこのイベントは、東京大学の学生に限らず、飲み物代の負担のみで広く一般の市民が参加できるイベントとなっている。
本郷三丁目の駅から歩いて10分ほど、赤門を入って左手すぐ近くにあるUT Cafe「ベルトルージュ」は、「象牙の塔」というワードを連想させないオシャレなカフェ空間だ。コーヒーやお茶はもちろん、冷たいシェイクやスイーツ、軽食も楽しむことができる。UTalkは、この空間を使って行われている。
過去に行われたUTalkのテーマは、
・「脳化学に何を期待しますか?」
・「どう答える?"なぜ私が死ななきゃいけないの"」
・「童話作家を夢見た少女が『Newton』に出会った時」
・「世論調査から見えるもの:『政権交代』を読み解く」
などなど、文理問わず「旬」な学問研究のテーマが取り上げられている。過去のテーマ一覧はこちらで見ることができる。
今年2010年の3月のテーマを見てみると、「動物の死体と語る」というなんとも得体の知れないテーマが目に飛び込んできた。飲食の場であるカフェと、「死体」...?一見あまりに場違い、というより、そもそもそんな話が楽しくできるのか?!
そんな疑問を覚えてしまうが、福武ホールのブログ内のUTalk開催報告によると、意外なことにその回のカフェは好評だった様子。この回のゲストとして呼ばれた遠藤秀紀さん(東京大学総合研究博物館教授)は比較生態学・遺体科学を研究している。動物園の動物の遺体の写真を見せながら、その動物が生きていた頃の名前で呼ぶ遠藤さんの語り口に、自然と共感を覚えることができたそうだ。
20分程度のゲストトークの中で話題は動物園、ファストフード店で私たちが食べている肉、パンダの指の本数、などとさまざまに展開。その後のカフェの出席者からの質問タイムでも、多くの質問が出て活発な議論が交わされたという。「動物の死体」を通して身近にひそむ「いのち」の問題について語るという体験は、どの出席者にも貴重な体験となったに違いない。
このUTalkで目指されている「ゆるやかな学び」のカギとなっているのが、ゲストの話をうまく引き出すファシリテーターの存在だ。専門用語を並べたりせずに話が興味深いものになるように、うまくゲストトークを誘導するのがファシリテーターの役目だ。むやみにスライドや配布資料を使わないのもUTalkの成功のための大切なポイント。資料を見るのに一生懸命になってしまって、カフェの参加者の気が散ってしまうのを防ぐためだ。あくまで「言葉で議論する」のがこのカフェの目的なのだ。
1時間のカフェが終わったあとも、興味が尽きずにゲストのまわりには参加者が集まる。イベント自体が時間オーバーになってしまうこともしばしばだ。もともと日本人は議論下手だといわれてきたが、このイベントでは縮こまった参加者の様子は見られず、誰もが興味のままに会話を楽しんでいる様子が見受けられる。専門知識をとっぱらい、科学者と市民が対等な立場で話すための「仕掛け」が功を奏しているといえるだろう。
次回のカフェの実施は8月21日(土)で、テーマは「世界を分けよう、分類マンダラ」。農学生命科学研究科教授で、現在「系統樹の推定」に関する研究を行っている三中信宏さんをゲストに「分けるということ」について考えるカフェイベントを展開するとのこと。
「分類マンダラ」という言葉は耳慣れないが、およそ1時間のカフェイベントへの参加に特別な知識は一切いらない。プレゼン側が一般の人にもわかりやすく話をしてくれるので、好奇心を持って耳をかたむければきっと新しい知の世界がひらけるに違いない。
福武ホールのブログに、参加申し込みのメールアドレスが記載されている。
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夕食後にふと見た歴史教養番組。ソファにゆったりと腰掛けながらテレビの教養番組を見ていると、一挙に多くの知識を得た気分になるときがある。学生時代、教室に閉じ込められて必死にノートをとっていたときよりも多くを学んだ気分になるのはなぜだろう......。こむずかしい専門用語と向き合うこともなく、前提知識も要求されず、膨大な数字データと戦うこともない。
学習のために用意された空間において学問のカベに立ち向かおうとするときよりも、日常空間において「知識が自分のもとに舞い降りてくる」感覚のもとでは、自分自身が自然体のままで純粋な感動をもって知識との出会いを受け入れることができる――
テレビの教養番組やカフェで何気なく読む新書に「なるほど!」と思うときは、そんな感覚を伴っている気がする。
その感覚に近づくヒントが、このUTalkというイベントの中にもあるようだ。
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