
鎌倉幕府の成立年を「いい国作ろう鎌倉幕府」と覚えた我々の世代。しかし、この覚え方は今では通用しない。というのも最近は鎌倉幕府の成立は平家の滅んだ壇ノ浦の戦いが起きた1185年、または以降漸次、という風に教えているからだ。
この話は知っている方も多いだろうが、他にも教科書の記述はいつの間にか変わっている。我々の常識はいつの間にか非常識になってしまったようだ。それをまとめた本がこちら。
この本は地理編、歴史編にわかれ、計38の新常識が披露されている。
例えば「十七条憲法を作った人物の名前」は50代の人が習ったころは「聖徳太子」だったが、40~20代では「聖徳太子(厩戸皇子)」、10代が使う現在の教科書では「厩戸皇子(聖徳太子)」と変化。また、後醍醐天皇に従って戦死した南北朝時代の武将、楠木正成についても、荘園領主に対抗する勢力を指す当時の呼称「悪党」、または悪党を結集した人物として記述されるようになったという。
キリスト教信者がどうかを試された「踏絵」は「絵踏」となったそうだ。「絵踏」は江戸幕府がキリスト教徒を見つけるための「行為」、「踏絵」はそれに使った道具というように使い分けられているらしい。
記述の変化は以下の四つの要因に大別される。
(1)新たな発見などによる事実の変更(最も古い鋳造硬貨:和同開珎→富本銭)
(2)学会等での表記変更を受けた変更(帰化人→渡来人)
(3)学会等でも諸説ある中での記述の変更(鎌倉幕府:1192→1185?)
(4)表記に対する読みの変更(百済:くだら→ペクチェ)
余談だが、このコラムの筆者は「白村江の戦い」を「はくすきのえのたたかい」と習ったが、母や祖父は「はくそんこうのたたかい」と習ったようだ。こうした表記の変化は何も今に限ったことではないということだ。
ジェネレーションギャップと新しい驚きを感じられる本、オススメしたい一冊だ。
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