「学校の勉強は役に立たない…」
と、私は学校に通っている頃にいろいろなところで目にし、耳にしました(直に言われたこともあります)。
「じゃあ何のために人生のうちの何分の一かを学校に拘束されねばならぬのか…!」
と子供心に怒ったものです。
しかも事実
「これをやってなんになるんだ」
という感情が拭いきれなかったのでなんとも切なかったです。
「どうして大人は「役に立たない」とわかっていることをずるずるだらだら子どもにやらせてるんだ…!」
と思ったので「時間の有効利用」と言って居眠りをするという子どもっぽい抵抗を試みてました。
そんな学童時代ももうかなり昔のこととなりましたが、未だに不思議なことがあります。
なぜ学校の勉強って実用的・現実的ではなかったのでしょう?
ベネッセ教育開発研究センターの調査では、国際6都市(東京・ソウル・北京・ヘルシンキ・ロンドン・ワシントンDC)における小学生の学習に関する意識・実態調査の結果、「勉強の効用」(「役に立つ」とおもう)に対する意識は東京が最も低かったんだとか…。
個人的な意見ですが、東京の小学生は「ダブルバインド」状態にあるのかな、と思います。
がんばって勉強しても「大人になったら役に立たない」と言われるし、事実そういった場面は沢山あるし…独自に「実用的・現実的」と思う勉強をしてみても学校の勉強には役立たないし…。
やる気がなくなる(というか自分の学習に何らかの意見を持つことが無意味と感じる)のも無理はないのかな…という気がします。
教育改革は未だ右往左往という感じがしますが、この辺の価値基準の一本化をしてあげないことにはなかなかやる気は育たないんではないか、と思います。