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コラム

2007年11月 6日

「ゆとり教育」の意味の再考

経済協力開発機構(OECD)が4年前に実施した学習到達度調査(PISA)結果で、日本の子どもは読解力が他の学力に比べ低いことが明らかになった。

この結果に対する反応の大きさを見て、改めてこの国の教育に対する熱意を感じ、個人的にうれしく思う。

高度経済成長期を経て、低成長時代へと突入した今日の日本。
物質的急成長の後、今私たちが直面しているのは精神的な急変であろう。

「常識」の変化、精神的傾向の変化、そういった見えざるものの大きな変化の波の中で 全ての世代が理解し合えぬ苦しみに直面している時代かもしれない。

この「変化」を超えていくために教育は不可欠だ。
現在、顕在化しつつある「未来に起こるであろう変化」の兆しを見逃さず、教育に反映していく姿勢=今の教育に対する熱い関心と思われる。

昨今では80年代後半から90年代にかけての「ゆとり教育」の反省として、学校においては学習内容・授業時間ともに増加傾向にある。
しかし所謂「ゆとり教育」、この発想自体は決して悪いものではないと、個人的には思うのだ。

「ゆとり教育」は高度経済成長期の苛烈な受験競争と画一的な教育に対する反省として導入されたもので、授業時間・学習内容の削減と総合的な学習の導入という形で実践された。

これは「学習」に対する意識の変化を基盤にしない限り成功しないものではなかったか、と今個人的に振り返り思う。

ゆとりを持って学習する…これは言い換えれば学習に十分な時間を割くということである。
つまり国民全体として「学習」に時間を割くことを好意的に受け止める意識があってはじめて「ゆとり教育」は実を結びうる教育だったかも知れないのだ。

子どもがある「学習」にじっくり取り組み、それを親も教師も根気強く見守り、必要な助言・協力する…このような教育が成功するには、親や教師にそれを可能にする時間的・精神的余裕、自らも再度学習する時間が不可欠だ。

そしてそれを可能にするには、企業や行政の労働・労働者に対する意識の変化―彼ら一人一人が次世代を担う子の親であり得、未来の日本を生成し続けている主体であると考えることが重要であったに違いない。

しかし実際はどうであったろうか。

学校の授業のカリキュラムは変わっても、大人が動く社会のシステムはそれ以前のままであった。

大人たちの「学習」に対する意識は、依然「学校や塾で教わる科目」というものから自由になれず 労働に対する意識、人生に対する意識の変化も起きなかった。

個人的には社会的状況が大人にとっても初めてで、大人も対応しようがなかったのだろうと思うので一概に大人の対応のまずさを責めるつもりはないが、そのような環境条件の不成立を乗り越えられれば「ゆとり教育」の真の効果は現れたかもしれない、と今は思うのだ。

現在、文部科学省研究開発指定校として様々な実践をしている学校が注目を浴びている。
「詰め込み教育」「ゆとり教育」を経てたどり着く新しい教育。
この経験は大人の生き方、企業のあり方にも変化をもたらしていくだろう。
それが実現した日に、日本人にとっての「学び」とはどうなっているか…

実は結構楽しみに思っている。

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